麻布大学獣医学部動物応用科学科伴侶動物学研究室講師。博士(学術)。1984年,宮城県生まれ。専門は動物心理学。主な研究テーマは,イヌの行動と心理の遺伝的基盤。

数万年前から続いてきたと言われている犬と人の関係。20年以上犬を研究してきた今野晃嗣先生が語る、ほかの動物にはない両者の関わりの歴史とは?
目次
- 犬と猫、似ているようで全然違う? “最も多様化した動物”犬の歴史
- 変わる必要のあった犬と、変わらなくてよかった猫
- 「犬は家族の一員」1万年以上続く、人と犬の深い関係
- 「共存」には問題も。それでも犬と人がともに生きてきた理由
- 「犬は人間の鏡」人間のくらしや文化がそのまま犬にも反映
- 正解はない。大切なのは、目の前の愛犬と向き合うこと
犬と猫、似ているようで全然違う? “最も多様化した動物”犬の歴史

まちや公園を散歩していると、チワワやトイプードルといった小型犬から、サモエド、ゴールデンリトリーバーなどの大型犬まで、さまざまな犬たちに出会います。
一口に“犬”と言っても、犬種によって見た目も性格も大きく異なる彼ら。同じくペットとしてなじみのある猫の品種が50種類ほどであるのに対し、犬の品種は400種類以上存在し、哺乳類の中でももっとも多様化した動物のひとつだと言われています。
その多様化の背景には、私たち人との関わりが大きく影響しているのだそう。実は、犬は「最古の家畜」であり、犬と人の関係の歴史は数万年にも及びます。なぜ、犬はこれほど長い時間にわたって人と関わり続けてきたのか。また、現代に至るまでに関係性や愛着はどのように変化してきたのか。
犬を中心に、人と動物の関係を研究する麻布大学の今野晃嗣(こんの・あきつぐ)先生とともに歴史を紐解きながら、これからの犬と人のより良い関係性について考えていきます。
変わる必要のあった犬と、変わらなくてよかった猫

── 猫と犬を比べたときに、犬の方が圧倒的に種類が多いことに驚きました。これだけ差があるのはなぜでしょうか?
今野先生:まずは、「進化経路の違い」と「遺伝的多様性の違い」ですね。
犬は、北半球のユーラシア大陸に住んでいた「オオカミ」の一部が進化してきたと言われていますが、広いユーラシア大陸の中で場所は特定されていません。そのため、さまざまな地域で少しずつ犬への進化が生じていった可能性があります。
犬になる過程で、祖先となったオオカミもさまざまだったことから、遺伝的にも多様になりやすいわけです。
一方で、猫の祖先である「リビアヤマネコ」は、名前の通りアフリカ北部のリビア周辺に生息する現生種です。ネコの家畜化はメソポタミア文明などの古代文明が生まれた「肥沃な三日月地帯」で生じ,そこから世界各地に広がったと言われています。
犬と違い、起源がほぼひとつだったため、猫の方が遺伝的にも多様になりにくいです。
── たしかに、起源がひとつだったら、増えようにも遺伝子のバリエーションが乏しいですもんね。
今野先生:それに加えて「選抜育種の歴史」も大きく違います。犬は、人が目的に合わせて犬を選び、増やしてきた歴史があるからです。つまり、家畜としての歴史の違いですね。

── 犬も「家畜」なんですね。家畜というと、牛豚鶏のイメージでした……!
今野先生:一般的には、人がくらしや仕事に役立てるために飼い慣らした動物を「家畜」と呼びます。犬は、その中でも特に人との歴史が長い動物なんです。ざっくり見積もっても、数万年以上の長い歴史があります。
── 犬が最も古いなんて知らなかったです。
今野先生:対する猫は一万と数千年くらい。つまり、人が介入してきた歴史も犬の方が長いんです。そのなかで、役割に応じて人による選択や繁殖が積極的に行われてきたので、これだけ種類が増えたと説明できると思います。
── 数万年……想像も及ばないくらい長い歴史です。そもそも犬や猫が家畜として人と関わるようになったのには、どんな経緯があったのでしょうか。
今野先生:家畜というと、人が捕まえて無理やり飼い慣らしたイメージがありますが、実は少し違うんです。まず、犬も猫も「自己家畜化」した動物だと言われています。
人が一方的に捕らえてきたわけではなく、動物側から人に近づいてきたことで、人との関係性が生まれたと考えられているんです。
── 自らの意思で、人とくらす道を選んだということですか?
今野先生:そういう解釈もできます。犬側が得するからですね。犬の場合は、狩猟採集の時代に人が出すゴミや残飯を食べるために集落にやってきて、人の近くでくらすようになったというのが、一つの有力な説です。もともとは大きくて攻撃性の高いオオカミでしたが、その中でも人とくらしやすい性格をもった個体が残っていったと考えられています。
その後は人側も積極的に関わるようになり、狩猟に付いていったり、吠えて番犬の役割をしたり、家畜を守ったりと、さまざまな役割を担うようになっていきました。
そうして長い時間をかけながら、オオカミは少しずつ「犬」になっていったんです。こうしてオオカミが「犬」へ変わっていった過程を、私は「脱オオカミ化」と呼んでいます。
── 人のくらしに適応できたオオカミの一部が犬になり、そこから少しずつ用途を与えられるようになったと。
今野先生:猫も似ていますが、ストーリーはもっとシンプルです。
農耕の時代に入り、人が穀物を貯められるようになるとネズミが出るようになり、それを捕まえるために猫が人のくらしに入り込んだのです。
── なるほど。犬も猫も、人の食べ物をきっかけに関係が始まっていたんですね。
今野先生:そうですね。猫も、ネズミを捕ってくれるぶんには役に立つし、ヤマネコはオオカミに比べて体も小さいので、人の近くにいても問題が少なかったんですよね。
だから、犬ほど人が積極的に関わる必要がなかったんだと思います。
ヤマネコと今の猫で見た目や大きさがあまり変わらないのも、変える必要がなかったからだと思います。
── 人と一緒にいる上で、犬は変わる必要があったのに対し、猫はさほど変わらなくてもよかったんですね。
今野先生:はい。猫にはしつけをほとんどしないのも、その名残ですね。僕は、犬も猫もどちらも人にとってベストフレンドだと思っています。
ただ、そのあり方が違う。犬はお互いを変えてまでも歩み寄りたい「最良の友」に対し、猫はあまり変わらなくても共生できる「最良の友」。現代における犬と猫、それぞれへの接し方や距離感の違いは、こうした人との関わりの歴史の延長にあるのだと思います。














