2007年度から17年間、公務員獣医師として従事。「京都市動物愛護センター」の設立や、「京都市動物愛護行動計画」の策定に携わるなど、多くの新規事業に関わる。

犬を迎えたら「最期まで飼うこと」は当たり前。
しかし、人も犬も高齢化が進む今、飼い続けることが難しくなる状況は、決して特別なことではなくなりつつあります。そうしたとき、飼い主にはどんな選択肢があるのでしょうか。終生飼養の考え方や備え、社会で支える仕組みについて、獣医師の河野誠先生とともに考えます。
目次
- 「最期まで飼う」と終生飼養の現実
- 「終生飼養」とは、命の責任を最期まで何らかの形で果たすこと
- 「飼えなくなった…」は、誠実な飼い主にも起こりうる
- ペットのことを大切に思う人が、迎えることを悩む現状
- 動物とのくらしは、人も社会も豊かにする
- 何歳になっても動物とくらせる社会をつくるための心がけ
- 河野先生がいま伝えたい「終生飼養」の本当の意味
「最期まで飼う」と終生飼養の現実
犬を飼っている人の多くは、「この子を最期まで飼う」と考えているのではないでしょうか。でも、突然の病気や事故、入院などで、飼い続けられなくなってしまったら……。
こうした状況を考えるうえで、まず押さえておきたいのが「終生飼養」という考え方です。動物を飼う上で、終生飼養(動物がその命を終えるまで適切に飼養すること)は大前提。
でも、もしものときのことを知っておくことも、同じくらい大切なことかもしれません。
行政の獣医師として動物愛護の現場に長年携わってきた河野誠先生は、「終生飼養は、飼い主ひとりが背負うものではなく、社会全体で支え合うべきものだと思っています」と言います。
もしも飼い続けることが難しくなったら、飼い主はどうすればいいのか。河野先生に、終生飼養の現実と今後のあり方を聞きました。
「終生飼養」とは、命の責任を最期まで何らかの形で果たすこと
「終生飼養」とは、動物を飼い始めたら、その子が亡くなるまで責任をもって世話をするという考え方で、動物愛護管理法では下記のように定められています。

「動物の所有者は、その所有する動物の飼養又は保管の目的等を達する上で支障を及ぼさない範囲で、できる限り、当該動物がその命を終えるまで適切に飼養すること(以下『終生飼養』という。)に努めなければならない」(動物愛護管理法 第7条第4項)
「その子の責任を最期まで取り切るのは飼い主の責務。自分の身勝手に動物を巻き添えにしてはいけません」と河野先生は言います。ただし、飼い続けることが難しくなった場合に、必ずしも罰則が発生するわけではありません。
「面倒を見てくれる人を見つけてその人に預ける、あるいは引き取ってもらうということについて、具体的な罰則があるかといったら、そうではない。一方で、捨ててしまうということになると、それは罰則があります」
つまり「終生飼養」の本質は、飼い主ひとりで最期まで面倒を看取ることではなく、動物の命の責任を、最期まで何らかの形で果たすことにあると言えます。
さらに河野先生は、飼い始める前から万が一を考えておくことの大切さを強調します。
「自分の身に何かあったときにどうするかということを、みなさんに考えておいてもらいたい。交通事故など、あらゆる事情で世話ができなくなることはある。それは誰にとっても共通の話です」

「飼えなくなった…」は、誠実な飼い主にも起こりうる
では、実際に飼育が難しくなってしまったら、どのようなことが起きるのでしょうか。河野先生自身も、「そういうことは、世の中に数多くとある」と言います。
飼い主が突然入院した。亡くなった。認知機能や体力が低下して世話できなくなった。河野先生が行政の現場で見てきた、飼い続けることができなくなったケースはさまざまです。

そうなったとき、親族や友人にペットを引き取ってもらえるのは理想ですが、現実的には動物愛護センターへの引き取り依頼になるケースが多いのが実情です。さらに、引き取られた動物たちにも過酷な現実が待っています。
「慣れ親しんだ環境からいきなり移されるわけですね。そういったストレスから体調を崩したり、亡くなったりするパターンもあります。また、実際には10歳前後のワンちゃんや猫さんを引き取ることの方が多いのに、飼いたいと思っている人は2歳前後の子を望む。新しい飼い主が見つかりにくいという現実もあるんじゃないかと思います」
高齢で慢性疾患を抱えた犬などは受け入れ先が見つかりにくく、センターでの収容が長期化する中で衰弱してしまうケースもあります。状況によっては、厳しい判断を余儀なくされることもあります。
そうした現場に向き合い続けてきた経験から、河野先生は「行き場のない命」を生まないための社会的な仕組みの必要性を強く感じてきたのです。
一方で、飼い主を責める気持ちにはなれないとも話します。
「一獣医師として、ペットに対して“かわいそう”という気持ちはもちろんあります。でも飼い主さんを責めるという気持ちには、なかなかなれません。なぜなら、そういう飼い主の多くが、誰よりも真剣にペットのことを考えてきた人たちだからです」
ペットと真剣に向き合ってきたからこそ、いざ飼えなくなってしまったときにひとりで抱え込んでしまう。そんな飼い主の姿を、河野先生はたくさん見てきたのです。
ペットのことを大切に思う人が、迎えることを悩む現状
さらに河野先生は、現場の経験を通して、もうひとつの深刻な現実にも気づきます。
「『高齢になると、ペットを飼ってはいけない』という空気感が世の中に少なからずある。その後どうするの、という目線ですね」
その実態を明らかにするために、河野先生は京都市役所在職中にアンケート調査を実施しました。その中で、動物を飼いたいと思っているけれど諦めている人が大勢いるという事実が判明したのです。


しかも、諦めている理由の多くが、「自分に何かあったときに、ペットがどうなるかわからないから」という、驚くほど真剣なものだったといいます。
「すごく真面目な人が諦めている。終生飼養の観点からすると、諦めるのが正解に思える部分もあるんです。でも、それでいいのかなとずっと思っていました」
また、困っているのに相談できない飼い主が多いことも大きな問題です。誰かに頼るのを恥ずかしいことだと感じてしまったり、飼えなくなったなんて言ってはいけないと考えてしまったり……。
その結果、立ち行かなるまでひとりで抱え込み、手遅れになってから相談に来るケースが増えているといいます。こういった流れは、今後さらに増えていくと河野先生は見ています。
動物とのくらしは、人も社会も豊かにする
一方で、ペットとのくらしは健康長寿への影響が研究で示唆されており、医療費や介護費の削減につながる可能性も指摘されています。(※)
「ペットとのくらしは社会にとってもいいことだし、多くの人に経験してほしいなと思っているんです。60歳や65歳で諦めている人が、もういちどペットとの心豊かな生活を送れるようにしたい。それが普通だよねという世の中にしたい。それが、自分の活動の根源です」
いくつになっても動物と暮らせる社会をつくることは、これからの「終生飼養」にとって欠かせない考え方かもしれません。
※参考:東京都健康長寿医療センター研究所「ペット飼育と医療費の関連に関する研究」
何歳になっても動物とくらせる社会をつくるための心がけ
いくつになっても動物と暮らせる社会をつくるためには、何が大切なのでしょうか。河野先生が重要だと考えていることを聞きました。

① 周囲に愛犬のことを話しておく
昔は近所づきあいが盛んで、「〇〇さんの家は犬を飼っている」という情報も伝わりやすい時代でした。しかし今は、隣の家がペットを飼っているかどうかさえわからないのが実情です。だからこそ、日頃から周囲に愛犬のことを話しておくことが重要なのだと河野先生は訴えます。
たとえば、日々の散歩で顔を合わせる犬友や近所の人とのちょっとした会話も、そのひとつかもしれません。最近姿を見かけないといった変化に気づくことで、さりげない見守りや助け合いにつながる可能性もあります。
「家族や友人、近所の人、高齢者であればケアマネージャーなどに『万が一のときは助けてほしい』とひと声かけておくだけでも全然違うんです。実際にはその人たちが何もできなかったとしても、あそこの家にはペットがいると周りの人が知っているだけで、いざというときの選択肢が大きく広がるんじゃないかと思います。こういう課題を、獣医師や動物愛護に関わる人だけでなく、いろんな人に知っておいてほしいですね」
② 日頃から専門家につながっておく
いざというときに備えて、日頃から専門家とつながっておくことも大切です。実際に、手遅れになる前に相談してもらえれば別の解決策を提示できたのに、と感じることもあったと河野先生は話します。
「今すぐじゃないけど、もしかしたらこういう状況になるかもしれないという可能性を、前もって動物愛護センターや民間の動物愛護団体に相談しておくことが大切です。どんな子かわからない状態で突然来られると、なかなか対応が難しい。でも事前に相談してもらえれば、一緒に考えることができますから」
行政や保護団体への相談に心理的なハードルを感じる場合は、かかりつけの動物病院に相談するのもひとつの方法です。
「いきなり深刻な相談でなくても、日常の会話の中で少しずつ話しておくことが、いざというときの助けになることもあります」
③ 「飼う」以外の関わり方を知る
年齢や体調の変化から、「子犬から飼い始めるのは難しい」と感じる人も少なくありません。そうしたときに選択肢のひとつになるのが、「預かりボランティア」という関わり方です。
「預かりボランティア」とは、保護団体や行政がその動物の所有権を持ったまま、個人が自宅で一時的に世話をする活動で、「所有する」のではなく「預かる」という形で動物と関わることができます。費用の負担などは団体によってさまざまで、フード代やケージなどを提供してくれるところもあれば、自己負担が必要なケースもあります。
この仕組みは、動物とのくらしを諦めていた人にとって新たな道を開くきっかけになるのではないかと河野先生は考えています。
「子犬から飼うのは難しいけれど、成犬や高齢犬ならお世話できるかもしれない。そういう犬を積極的に預かりたい。と考える高齢者の方もいらっしゃいました。行き場がない高齢の犬と諦めていた人がつながれれば、両方にとってよい結果になると思います」
河野先生がいま伝えたい「終生飼養」の本当の意味
終生飼養の責任をまっとうすることは、飼い主として大前提です。でも、もし飼い続けることが難しくなってしまったとき、「申し訳ない、自分が悪い」とひとりで抱え込む必要はありません。動物にとって最善の道を考え、行動することもまた、終生飼養の責任のあり方のひとつです。
「その人にあった、抱えすぎないようなペットとのくらし方を伝えたいんです。こういう方法があるんだ、こんな関わり方もできるんだと知ってもらうだけで、選択肢はぐっと広がる。そういうことをこれからも伝え続けていきたいと思っています」と河野先生は話します。
もしものときのことを考えておくこと。
気軽に相談できる人や場所をつくっておくこと。
飼うだけがペットとの関わり方じゃないと知っておくこと。
地域全体でコミュニケーションをとること。
その小さな積み重ねが、いくつになっても動物とくらせる社会づくりの土台になり、本当の意味での終生飼養を叶えることにつながるのではないでしょうか。













