どうして「ぬいぐるみ」はかわいいの? その理由を「かわいい」の専門家に聞いてみた

そのかわいさで子どもだけではなく、時には大人までも夢中にさせる「ぬいぐるみ」。ぬいぐるみの柔らかい触り心地や丸みのある形は人にやさしさを感じさせてくれます。 そもそも、どうして私たちはぬいぐるみを「かわいい」と思うのでしょうか? また、かわいいものに触れることは日常の中でどんな役割を果たしているのでしょうか。 そこで今回は、かわいい研究の第一人者である入戸野宏(にっとの・ひろし)先生に、ぬいぐるみをかわいいと感じる理由やかわいさが人にもたらす効果についてお話を伺いました。

どうしてぬいぐるみってこんなにかわいいの?

こんにちは、ライターの吉野舞です。

ライター・吉野舞さんの幼少期
6歳の時の誕生日の写真。手に持っているのは今でも大切にしているカエルのぬいぐるみ

私は小さい頃からぬいぐるみをかわいがることが趣味なのですが、最近、とある疑問を持つようになりました。

それは……

ぬいぐるみはどうしてこんなにかわいいのか、文字の画像

まるい形に愛くるしい表情、ふわふわとした触り心地……ぬいぐるみって、どれも無条件にかわいいですよね。私はぬいぐるみに触れると、愛おしさだったり、やさしい気持ちでいっぱいになります。

吉野舞さんが大切にしているぬいぐるみ
吉野が大切にしているぬいぐるみ

「ぬいぐるみ=かわいい」という方程式に疑問を持つ方は少ないのではないかと思います。だけど、いったいなぜ、ぬいぐるみはこんなにかわいいの......? そもそもどうして私たちはぬいぐるみを「かわいい」と感じるのでしょうか? 一度不思議に感じたらだんだんと気になって、仕方なくなってきました

そこで今回は、かわいい研究の第一人者である入戸野宏(にっとの・ひろし)先生に、「ぬいぐるみをかわいいと感じる理由」や「かわいさの正体」について話を聞きにいきました。

  • 上級睡眠健康指導士・加賀さん

    入戸野宏
  • 大阪大学大学院人間科学研究科教授/実験心理学者
  • 広島大学大学院総合科学研究科准教授を経て、2016年より現職。認知・感情・動機づけといった人間の心と行動の仕組みについて幅広く研究している。日本で「かわいい」文化が発展した理由や、「かわいい」が人の感情や行動に与える効果などを研究する、「かわいい」研究の第一人者。主な著書に、『「かわいい」のちから:実験で探るその心理』(化学同人)『見るだけで心が整うかわいい動物の写真』(アスコム)など

ぬいぐるみをかわいいと思うのは本能だった!?

吉野が幼少期のころに大事にしていたくまのぬいぐるみ
親戚の子どもが大切にしているぬいぐるみ

——私は幼少期からぬいぐるみをかわいがることが趣味なんですけど、今日は「ぬいぐるみのかわいさの秘密」についてぜひお聞きしたいです!

入戸野先生(以下、入戸野):はい、よろしくお願いします。ちなみに、吉野さんはぬいぐるみのどんなところをかわいいと思うのでしょうか?

——ふわふわで小さなところですかね。ぬいぐるみのつぶらな目に見つめられると、胸がギュ〜ッと締め付けられてしまうんです(笑)

入戸野:なるほど。まず、「かわいい」は大きく2つの側面に分けて考えられます。

1つ目は吉野さんが話してくれたような、ぬいぐるみ自体が持っている「かわいさ」という見た目の特徴です。もう1つは、「かわいい」と感じるときに私たちが抱く感情(かわいい感情)です。この2つを区別しておくと「かわいい」の仕組みがよく分かります。

例えば、大半のぬいぐるみは、おでこが広くて、目が下の方にあり、全体に丸みを帯びた体型で、幼く見えます。これは「ベビースキーマ」と呼ばれる、人にかわいさを感じさせる形態です。このような反応は、人間が生まれつき持っているといわれるほど、私たちにとっては自然な反応なんですね。

——ぬいぐるみをかわいいと思うのは、本能的な反応だったんですね!

入戸野:見た目だけではなく、ぬいぐるみの「触り心地」も関係しています。

ぬいぐるみって手で握れるか、抱き締められるサイズで作られていますよね。「手で触れられる=自分でコントロールできるもの」なので、安心感を与えてくれるんですよ。幼い子には、ぬいぐるみだけでなく、お気に入りの毛布やタオルがあったりしますが、それも肌ざわりによって安心を得ているのです。

——安心を感じるのは子どもだけではなく、大人も同じなんでしょうか。

入戸野:はい。大人であっても、やわらかいぬいぐるみを抱いていると、新しい場面での緊張が減ったり、仲間外れにされたときの悪影響を引きずらなかったり、ストレスホルモンの量が下がったりといった研究結果が得られています。

——すごい!

入戸野:柔らかいものに触れることで、年齢関係なく不安を軽減させられるとすれば、知らない環境で緊張しやすい人は、カバンにぬいぐるみなどを忍ばせておくと安心できるかもしれませんね。

また、「かわいい」は、自分と対象との距離感や関係性にも影響されます。

——「ぬいぐるみとの距離感」が関係するということですか?

入戸野:例えば、予備知識がない状態でアニメのキャラクターなどを見ても、あまり「かわいい」とは感じませんよね。そのキャラが持つプロフィールなどを知ることで、自分と対象との心理的距離が縮まって「かわいい」と思う感情が強くなるのです。

ぬいぐるみは、パーソナルな空間で触れるので、もともと距離が近い。また、ずっと一緒に過ごしていると、いろいろな思い出ができてきます。こうした経験によって、一層かわいいと思えるようになるのでしょう。

「脅威を感じない」「安心できる」「近づきたい」「一緒にいたい」というやさしい気持ちが、かわいい感情の中心にあります。だから、ベビースキーマのような特徴をそなえていなくても、「かわいい」と感じることはあるのです。

かわいいものを抱きしめたくなる衝撃の正体とは

子どもに抱きしめられるぬいぐるみの画像

——そういえば、私はぬいぐるみを見たとき、「かわいい!」と感じると同時に、感情が高ぶって思わず抱き締めたくなります。これっておかしいことなのでしょうか……?

入戸野:いえ、そんなことはありません。世界中にそういう人たちが一定数いることが知られています。「キュートアグレッション」と呼ばれるのですが、かわいいと強く感じやすい人によく起こるといわれています。

自分の中のかわいいという気持ちが強くなりすぎてしまうと、それを打ち消すために体が正反対の行動をとるという説があります。あまりに悲しいことが続くと、なんだか笑えてきたりするのもその一例だと考えられています。

——そういう行動にも意味があったんですね。

入戸野:例えば、街中で赤ちゃんを見かけると、そのかわいさに思わず触れてみたくなる人もいると思います。でも、赤ちゃんとはいえ、知らない人にはふつうさわらないですよね。これも、キュートアグレッションと似た現象で、強い感情に圧倒されて自分を抑えられなくなっているんですよ。

時代とともに変化する「かわいい」の表現

さまざまなぬいぐるみの画像

——先ほど「かわいい」と感じる見た目の形態についてお話しいただきましたが、色なども関係してくるのでしょうか。

入戸野:人によって好みが違うので、一概に「この色がかわいい」という決まりはありません。ですが、やはり日本ではピンクやパステルカラーをかわいいという人が多いですね。この傾向は、少なくともアジアでは共通しているようです。とはいえ、淡い色をかわいいという人もいれば、鮮やかな原色をかわいいという人もいるので、個人差は大きいです。

国によって「かわいさの感じ方」に違いがあることに関連してお話ししますと、日本の「かわいい」は、海外の「キュート」などの類似表現と比べて、適用できる幅が広いのが特徴です。

——と、いいますと?

入戸野:1980年代頃まで、日本は海外と同じで、「かわいい」という言葉を子どもや未熟さに対して使っていました。しかし、1990年代になると「キモかわいい」「ダサかわいい」「大人かわいい」といった、子どもとは関係ない「かわいい」がたくさん登場してきました。

「かわいい」の複合語に関する小史(井原なみは・入戸野 宏)より引用
「かわいい」の複合語に関する小史(井原なみは・入戸野 宏)より引用 
https://doi.org/10.51094/jxiv.194 

——どうして日本ではこんなに「かわいい」という言葉が発展していったのでしょうか?

入戸野:もともと「かわいい」という言葉は、大人とは違う価値観をもった若者の自己表現でありサブカルチャーでした。当時の大人は、なんでもかんでもかわいいと言う若者を「語彙がとぼしい」と否定的にみていました。

けれども、日常的に「かわいい」を使っていた人たちが社会で活躍するようになると、さまざまなものを「かわいい」と表現することが広く認められるようになってきました。

——「ブサかわいい」など、一見意味が違う言葉同士が誕生した理由も気になります。

入戸野:最初は、例えば「へたウマ」などのように反対の意味をもつ言葉をくっつけることで奇抜さを強調して、「キモかわいい」「ブサかわいい」などが作られました。その後、特に女性のファッションを表す言葉として、さまざま「かわいい」の種類を表現する言葉———「キレ(綺麗)かわいい」や「大人かわいい」———が生まれてきたのです。

——現在も「かわいい」の言葉は変わってきているのでしょうか?

入戸野:「かわいい」を細かい種類に分けるブームはすでに終わっています。最近の若者の間では「かわちい」(意味:かわいい)といった表現が使われていますが、特別な種類を表しているわけではないようです。言葉は時代によって変化しますが、いつの時代も性別や環境に関係なく、何かを「かわいい」と思う感性は生き続けているんですよ。

自分自身に対して、かわいい感情を向けてみる

吉野舞が大切にしているぬいぐるみ

——かわいいものに触れる際に、気を付けておくべきことはありますか?

入戸野:自分が「かわいいと感じている状態をしっかり味わうこと」です。例えばSNSなどで、かわいい動物の動画が出てくると、次から次へ見てしまって時間を無駄遣いしてしまいませんか?

——気がついたら、1時間くらいずっと見てますね......(笑)

入戸野:それは、かわいいを大量消費していることになるんです。

次から次へと目移りしていると、もっともっと強い刺激がほしくなります。そうすると、かわいい感情の根っこにある「やさしい気持ち」から離れていってしまいます。もったいないですよね。ですから、動画などを見るときはときどき自分の内側にも意識を向けて心を整えるのをオススメします。

——かわいいを使い捨てにするのではなく、気持ちに意識を向けることが大切なんですね。

入戸野:そのとおりです。かわいいと感じているのは自分ですから、その気持ちをしっかり味わってください。それに「ぬいぐるみをかわいいと思っている自分ってかわいいな〜」と、自分をかわいがってあげてもいいんですよ。

——なるほど。ちなみに、入戸野先生も「自分をかわいい」と言い聞かせているのでしょうか?

入戸野:そうですね。「かわいい」は見た目だけではないですから、「かわいい」と思うことには何の前提条件も必要ありません。

たとえドジでも仕事ができなくても、「かわいい」。大人になると「かわいい」と言われることも減ってくるでしょうから、落ち込んだらせめて自分で自分に「かわいい」と言ってあげましょう。

——かわいい意識を内側に向けるだけなら、難しくないので私でも出来そうです!

入戸野:本当に疲れているときって「ぬいぐるみがかわいいな〜」という気持ちすら起きません。かわいい感情は自分の精神状態をチェックする手がかりにもなります。「かわいい」と感じられたらラッキー。やさしい気持ちをしっかり味わってください。

これからもぬいぐるみをかわいがってあげながら、自分のこともかわいがってあげてくださいね。

——これからも四六時中、ぬいぐるみを愛でて行こうと思います。入戸野先生、今日はありがとうございました!

 

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