「推し活」でなぜ人気? キングジムの“文具”がオタクの心に刺さるワケ

きっと誰もが学校や職場で見たことがある、大きな正方形のロゴが付いた青いファイル。これは株式会社キングジムのアイコンとも呼べる定番の事務用品ですが実は身の回りには、一見するとキングジム製とはわからない商品が山ほどあるのです。自身でも「製品ジャンルが幅広く、もはや何屋さんか分からない」と話すキングジムさんに、多種多様な製品が生まれる開発秘話を伺いました。

このザ・事務用品とも呼べる青いファイル、

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背表紙のロゴが印象的な「キングファイル」

誰しも一度は見たことがありますよね?

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ところが、実はここにあるものも、すべてある文具メーカーの製品。先ほどの「キングファイル」を始めとした事務用品を開発している会社にもかかわらず、バッグにぬいぐるみペンポーチに防災用品と、さまざまなジャンルの製品を手がけているのです。

井上

井上

こうやって商品を並べてみると、私たちって何屋さんか分からないですよね……。

と語るのは、キングジム広報担当の井上さん。社員でも何屋さんなのか自問してしまうほど、多種多様な製品を開発しているキングジムさんに、アイディアを生み出す極意を聞いてみました。

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  • 井上彩子(写真左)
  • 株式会社キングジム 広報室 室長
  • 入社以来商品開発に携わり、ご家庭向けの「テプラ」の開発や「HITOTOKI」ブランドの立ち上げなどを経験し、2023年6月より広報室に着任。好きな商品はかさばらないバッグインバッグ「フラッティ」シリーズ。

  • 松永南美(写真右)
  • 株式会社キングジム 広報室 PRチーム
  • 名古屋支店での営業職を経て、広報室に着任。主な仕事は商品・企業のPRやHP・SNSの管理。自由でチャレンジングな社風に惹かれて入社。好きな商品は自立するファイル「ジリッツ」。

日々の生活の中に、アイデアの種あり

 

──先ほど「私たちは何屋さんかわからない」という言葉が出ましたが、手を広げるきっかけとなった出来事を教えてください。

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「テプラ」は1988年に発売された国内初のコンパクト日本語ラベル製造機。ラベルライターの代名詞としても知られている

松永

松永

明確なきっかけはないのですが、やっぱり「テプラ」と「ポメラ」が大きな影響を与えましたね。元々はファイルのメーカーだったので、それまで電子系のものを商品化したことがなかったんですよ。
そんな中「パソコンの普及でペーパーレスの時代が来るんじゃないか」「ファイルが売れなくなるのでは」と懸念が社内の中に広がって「テプラ」の開発がスタートしたんです。

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「ポメラ」は2008年に発売された「書く」ことに特化した専用デバイス。小型で軽量なため、携帯できるワードプロセッサとして人気を博している

松永

井上

テプラの大ヒットで「文具メーカーでも新しいチャレンジは成功するんだ」という雰囲気が社内に広がり、第3の柱を作ろうとなったときに上がった企画がポメラでした。
今まで市場にないものでも、開発者の熱い思いがあればヒットするんだという成功体験が、色々なジャンルにチャレンジしていくきっかけになった形ですね。

──現在は多種多様な製品を展開していますが、アイデアの種はどこから生まれるのでしょう?

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井上

井上

開発者もイチ生活者であることは変わらないので、みんなが日頃から「不便だな、もっとこうだったらいいな」と思っていることを突き詰めるところから企画が始まることが多いです。日頃のちょっとした心の動きを逃さないのが一番大切かなと。

松永

松永

例えばこの「ホルポ」は、ポーチがゴミ箱になっていて、花粉症の社員が開発したんです。

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松永

松永

販売開始後小さなお子さんのいる親御さんたちから「もっと大きなサイズが欲しい」というリクエストがあったので、バッグ型を追加で発売したんです。

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井上

井上

汚れたよだれかけとか泥だらけになった洋服なんかをポイポイ入れられるという。

松永

松永

あとはバッグを肩に掛けたまま物が出し入れできる商品もあります。

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井上

井上

クタっとした素材のエコバッグを机や台に置いて広げて入れるよりも、バッグを肩にかけて、そのまま商品をパッと入れた方が楽だよねと。で、この商品名がサッと出し入れできるトートバッグだから「サットン」。

 

──キングジムさんってダジャレのネーミングが多いですよね。

 

井上

井上

私たちの商品は世の中になかったり、パッと見ただけでは普通の商品に見えるものもあるので、名前から商品を想起できるダジャレっぽい名前の方が、わかりやすくて覚えやすいみたいな。

松永

松永

ちなみに自立するファイルがあるんですが、その商品の名前は「ジリッツ」。そのままです。

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アイデアバッグも豊富に展開。写真はお財布などに忍ばせておける薄いコンビニエコバッグ「パッタン」

ボツから起死回生を遂げた製品

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──どの商品もアイデア満載ですが、ボツになってしまった企画があれば教えてください。

松永

松永

ボツにはなったけれども、開発担当者が凄く熱い男で諦めきれずにクラウドファンディングに挑戦した「カクミル」という商品がありますね。目標金額1000万、 達成率134%を成し遂げて見事商品化したんです!

井上

井上

達成しなかったら商品化はナシだったので、本当に毎日ドキドキしていました。

紙にペンで書いているような書き心地を実現したデジタルメモ「カクミル」
紙にペンで書いているような書き心地を実現したデジタルメモ「カクミル」

松永

松永

デスクで使える電子メモなんですが、付箋も卓上カレンダーもスマホもあるじゃないかと反論が出て商品化のGOが出なかったんです。

井上

井上

開発担当はデジタルメモ界隈の商品をずっと出しているんです。カクミルの前にも「マメモ」という商品を出しているんですが、電話をよく取る新入社員時代に思いついたみたいで。
電話のメモって一過性のものなので、それをポイポイ捨てるのは無駄だよねと、若手の頃の経験がそのまま企画に繋がったような商品なんです。

 

──やはり普段の生活の中からアイデアが生まれるんですね。

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井上

井上

ただ、電話を直接取ることの少ない上層部の方々にはなかなか伝わりにくいんですよ。だからこそ、自分や周囲が困っている例を出して説得していく必要があるわけです。

松永

松永

伝わりにくいでいえば、この「キングミニ」もそうです。開発を手がけたのは若手の男性社員なんですが、仕事終わりにカプセルトイでミニチュアを集めるのが趣味だったんです。
このアイコニックなキングジムのファイルもミニチュアにしたら可愛いんじゃないか、さらにはキングジムらしい機能をプラスしたら実用性もあっていいんじゃないかと企画したんですけれども……。

付箋(左)とクリップ(右)の「キングミニ」
付箋(左)とクリップ(右)の「キングミニ」

井上

井上

企画会議では悔しくなるぐらいイマイチな反応で。だから一旦数量限定でやってみようという気持ちで販売したんです。

松永

松永

そうしたらすぐに品薄になってしまい。

井上

井上

上層部はかなりビックリしていましたよね。

時代を先取りしすぎたモノたち

 

──ちょっと聞きにくいのですが、全然売れなかった商品はあるのでしょうか?

松永

松永

1990年発売と少し古いんですが「ダ・ビンチ」という商品が、なかなか浸透しなくてですね……。当時デジカメは世に存在していたんですが高価だったんですよね。デジカメがなくても、その場で写真を撮って印刷できたらいいよねと開発したものがダ・ビンチだったんです。

プリンタ内蔵のデジタルカメラ「ダ・ビンチ」は1990年に発売
プリンタ内蔵のデジタルカメラ「ダ・ビンチ」は1990年に発売

井上

井上

撮った写真がすぐに見れるという新しさはあったものの、出てくる写真はカラーではない粗いの白黒印刷で……。ただ、この数年後におしゃれなポラロイドカメラが大ヒットしたんですよ。

 

──時代を先取りし過ぎた感じですね。

松永

松永

それでいえば自動手指消毒器の「tette(テッテ)」もそうですね。元々はインフルエンザの予防用として、おうちに置けるような丸みのあるフォルムの手指消毒器を出したいとのことで商品化になったのですが、発売当時はおうちで消毒をする習慣がなかったので売れなかったんですよ。

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井上

井上

売れなかったので中止内定品に入っていたぐらいです。

松永

松永

ただ、コロナ禍になり家庭での消毒の需要が一気に増えたことと、コロナ禍初期は病院向けの堅いデザインのものばかりだったので、丸みのあるデザインのtetteが選ばれてヒットしたという背景があります。

井上

井上

コロナ禍といえば、テレワークが浸透してきて、お家でお仕事をする機会が増えたかと。ダイニングテーブルでお仕事をする中で腰痛になってしまった…という声が届いたので、テレワークの人たちの姿勢や身体をサポートしようと「aimani(アイマニ)」というシリーズも発売しました。

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松永

松永

キングジムとしては新しいジャンルなので難しい部分も色々とありますが、文具メーカーだからできることを提案していきたいなと。

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学習用品を収納するのにおすすめの「カルシェット」

井上

井上

テレワークでパソコンや資料などを持ち歩くことも多くなったと思うんですが、この「カルシェット」というキャリングケースは、まさに社会人用のサブバッグですね。発売されたばかりなんですが、結構SNSで話題になっています。

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松永

松永

ガバッと180度開けられるので、机の引き出しにそのまま入れたり、立ててパーテーションのように使ったりもできるんです。

──キングジムさんは時代を先読みするのが上手なんですね。

松永

松永

まだ世にないものを生み出しているからこそ、そうなるのかもしれませんね。

環境騒音だけカットする「デジタル耳せん」MM4000はテレワークで集中したいときにも活躍する
環境騒音だけカットする「デジタル耳せん」MM4000はテレワークで集中したいときにも活躍する
タブレットやノートなどに顔が近づくとブザーが鳴る近視対策ライト「めまもりん」
タブレットやノートなどに顔が近づくとブザーが鳴る近視対策ライト「めまもりん」

キングジムと推し活は親和性が高い⁉︎

 

──ニッチな商品が多いかと思いますが、密かにバズっているものがあれば教えてください。

松永

松永

「フラッティ ワンマイル」というランチなどに出かける際に、お財布やハンドクリーム程度を入れて持ち歩けるバッグなんですが、これが推し活界隈で流行っていて、この中にぬいぐるみを入れるそうなんです。

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松永

松永

透明になっているので、推しを見せながら歩ける。そして、推しに世の中が見せられるという。

 

──推しに世の中を見せてあげるという発想はなかったです。

 

井上

井上

SNSで推し活グッズとしてアップしてくださって。

松永

松永

あとは「ハングオーガナイザー」というビジネス向けのバッグインバッグを発売したんですが、発表当日に「これコミケのイベントで使える!」「フリマでお金とかを入れるのにすごく便利!」という声がありましたね。

井上

井上

あとは、なぜか領収書ファイルがアイドルの会報誌にジャストフィットっていう。

松永

松永

至って普通の領収書ファイルなんですけどね。

井上

井上

これらを受け、ファイル屋さんとして「ファブラブ」という商品も発売しました。

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松永

松永

推しの写真やブロマイドを収納できる商品なんですが、開発者も推し活をしている女性社員なんです。これまでは別のファイルを使っていたのですが、痒いところに手が届いていないとのことで、自分が欲しいファイルを作ろうと。例えば、写真を表紙に入れることができるんですが、このまま入れると推しが傷つくので薄いシートで保護できるようにしたんです。

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井上

井上

推し活用に全8色展開で取り揃えましたね。

松永

松永

ただ、推しっていうのは何もアイドルだけじゃないよね……という話題が社内で出たので、お子さんやペット、料理などの写真を入れてもいいんじゃないという提案もしているところですね。 

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──キングジムさんはオタク文化と親和性が高いんですね。

 

松永

松永

弊社は長いことX(旧Twitter)をやっていて、フォロワーが45万人を超えているんですよ。Xの黎明期からやっているので、フォロワー属性もそういう方々が集まりやすいんだと思います。 

井上

井上

「こんな使い方があったんだ!」と、新しい視点をもらえますよね。

テプラとポメラがあるからこそのチャレンジ

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15周年の記念モデルとして発売された数量限定の透明ポメラ

──色々な商品を紹介していただきましたが、とはいえキングジムといえばテプラとポメラですよね。

井上

井上

そうですね。実は私は入社から去年までずっと開発にいて、主にテプラの開発をやっていたんです。

──つい最近まで開発にいらっしゃったんですね。

井上

井上

なかでも一番思い入れがあるものがガーリー「テプラ」という製品です。20代のころの話なのですが、「テプラ」って当時の私が買いたいような商品じゃなかったんですよ。書体も明朝かゴシックしかないみたいな。ただ、この製品を企画した際はすごく反対されました。

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松永

松永

今でこそマスキングテープなどの可愛い製品を出していますが、その時代は事務用品ばかりでしたからね。

井上

井上

私にとってのテプラは、オリジナルシールが作れる道具っていう感覚だったんです。かわいいフォントやデザインが使えれば、プレゼントのラッピングや手帳のデコレーションにも使えるのに、もったいないみたいな。で、開発したのがこの商品です。

左手前のピンクの機種には黒いサテンのリボン付き。リボンはカスタマイズできる
左手前のピンクの機種には黒いサテンのリボン付き。リボンはカスタマイズできる

井上

井上

本体に黒いサテンのリボンを結ぶなど、誰しもが持っている乙女心をちょっとくすぐられるデザインにしたんですが、上層部の男性陣に「このリボンいる?」って言われたんですよ。そのときに「あっ、説明なしには共感は得られないんだな」と勉強になりましたね。

松永

松永

おじさまたちは、なかなかピンクに黒は合わせないですからね。

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井上

井上

だからこそ、世の中でこういうデザインが人気なんだっていう資料を出したり、ピンクと黒の組み合わせも別に珍しいものではないという根拠を出して納得していただきました。

松永

松永

当時としては、すごい革新的なデザインでしたよね。

インテリアに馴染むデザインやスマホアプリと連動する機種など、テプラも時代とともに進化

井上

井上

反響があったので続編が出たんですが、最初は反対されたからこそ、すごく嬉しかったです。これをきっかけに使用シーンも広がったし、テープの色も事務用品っぽいものだけでなくマスキングテープ素材やおしゃれな模様など色々なものが発売されるようになったんです。

──まさか井上さんがテプラをアップデートした方だとは! そういえば最近、透明のポメラが発売されたという話題を耳にしたのですが……。

井上

井上

2023年の11月1日にキングジムのオンラインストア限定で発売して、その日のうちに完売してしまったんですよ。ポメラは長くご愛用していただいていているリピーターが多いんです。そのため、新作が出ると買い換える方も多く、このモデルは私たちも手に入らなかったんです……。

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松永

松永

弊社はテプラ、ポメラという2つの柱があるからこそ、色々な商品にチャレンジしやすいという土台はありますね。テプラとポメラで経営基盤はしっかりしているうえで、おもしろいことにチャレンジしている会社だなというのが私の志望動機ですから。

井上

井上

私は文具好きの延長で入社しました。文具のいいところって、一個一個はお手頃なのに幸せが多いというか。価格以上の喜びがあるんでトキメキます!

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動物園にまで赴き、リアルさと可愛さを追求したペンポーチ「ポーズー」。骨が入っており、さまざまなポーズが楽しめる
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