転勤族の夫とともに、全国を転々としている。現在は東京の片隅で書店員として勤務。今年、『書店員は見た 本屋さんで起こる小さなドラマ』を上梓した。

はじめの2週間は、気が狂いそうな日々だった。
常にウォンカと一緒にいて、構って、遊んで、トイレが出来たら大げさにほめてあげて、散歩に行って体力を消耗させて、でもひとたび昼寝をしたら、私はまだ回復していないのに、ウォンカだけ元気100倍。また振り出しに戻る。
こ、これは……。
既視感しかない。
これは、子育てと全く同じだ。
子どもたちが大きくなって、もう二度と経験することがないと思っていた、赤ちゃんとの暮らし。
HPとMPが極限まで減り、かと言って有効な回復呪文もなく、常にヘロヘロだったあの頃を思い出し、歳を重ねた今、また同じことが自分に出来るものだろうかと震える。
しかし、夜泣きと3時間おきのミルクがないだけ、子育てより幾分かマシか。
いやいや、でもほぼ育児であることは間違いない。
赤ちゃんを育てる覚悟でいくぞ!!
ウォンカは、新生児というよりは、後追い真っ盛りの幼児だった。
イタズラばかりして目が離せない上に、私が見えなくなるとパニック。
わたくし、12年ぶりにトイレのドアを開けて用を足しましてよ、オホホホホ。
子どもたちの後追いが激しい時期のお母さんあるあるだ。母は、トイレのドアさえ閉められない。プライバシーゼロ。
目次
- トイレのドアが閉められた日
- 3ヶ月後、家族になった
トイレのドアが閉められた日

それでも、お互いに慣れてはくるもので、ひとつの区切りは2週間が経過したあたりだった。
トイレのドアを閉めることに成功したのだ……!
パンパカパーン! 頭の中でファンファーレを鳴り響かせながら便座に座る私。
1枚ドアを隔てた先にいるウォンカは……。うん、鳴いていないぞ!!
ウォンカの確かな成長を感じたわが家は、活気づいた。大丈夫、いつかお留守番だって出来るはず!
ところが、お留守番は思った以上に高いハードルで、私は育児ノイローゼ一歩手前。
ずっと家にいる日でも、玄関先に出る用事というのは意外にも多い。宅急便の受け取り、ゴミ出し、ウォンカが粗相したマットを洗濯し取り込む……。その度に狼さながらの遠吠えをしつつ暴れ回るから、たまったもんじゃない。
とにかく一歩ずつ着実にやっていこう。
夫は単身赴任で、息子も何かと不在がち。頼れるのは娘だけだ。
私と娘は、ウォンカの不安を取り除いていく計画を立てた。
まずは、とにかく安心させること。
そして、私たちが新しい家族で、そして私たちは一度家を出たとしても、必ず帰って来ることを理解してもらう。
私と娘のどちらかが必ず家にいる状態を保ちつつ、在宅している人間は、外に出る素振りをランダムにくり返し、その様子をウォンカに見せる。
例えば、上着や鍵を手にする、玄関ドアに手をかける。
そういった動作を見たウォンカが、パニックを起こしそうな気配を感じたら、やめる。逆に、もし黙って見ているようだったら、試しに外に出てみる。
気が遠くなるほど、毎日それをくり返していると、ある日急に、外に10分以上出ていても大丈夫な日が訪れた。
翌日、調子に乗って外で30分草取りをしたら騒ぎ出したので、一歩後退。
それでも30分の壁を超えたことは大きい。
1ヶ月半が経過した時には、ウォンカが気配を感じられる家のすぐ外を離れ、近所のコンビニに行くことに成功。
すると、少しずつだが家を空けられる日が増えてきた。
最寄駅で買い物して戻って来られた日には、娘と祝杯をあげた。
美容室から戻っても、家が平常通りだった日はちょっとしたパーティー。(ちなみに美容室にいる間は、気が気ではなく、ずっとペットカメラを見つめていた)
3ヶ月後、家族になった

そして、とうとう丸一日、私が仕事に出てから、娘が帰宅する時間まで、何事もなく留守番が出来る日がやってきた。
元来持ち合わせていない“根気“というスキルを、とうとう私は会得したのかもしれぬ。
それはウォンカがやって来て、ちょうど3ヶ月が経過した時のこと。
保護犬を迎えた経験がある人に会うたび、慣れるまでの目安を聞き、それに対して多くの人が答えた日数。
やはり先人の話は、良く聞くべきだ。
3ヶ月が経過し、ウォンカは完全に私たちの家族になったのだ。











