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千葉県出身。1998年より狩猟を本格開始。SNSにて、ミニチュアダックスフンドの愛犬ブレッドや他の猟犬での狩猟の様子や射撃、アウトドア活動の様子を配信する。
ミニチュアダックスフンドでも猟犬になれるって知っていますか? 日本で唯一、愛犬のミニチュアダックスフンドのブレッドくんを狩猟の相棒に育て上げた、ハンターの名雪誠さんにお話を聞いてきました。
目次
- 日本で唯一、ミニチュアダックスフンドの愛犬を猟犬に育てた名雪誠さん
- ミニチュアダックスフンド・ブレッドと出会い、猟犬トレーニングを開始
- 1歳半で猟犬デビュー! 百発必中で獲物を見つけるまでに
- 狩猟の成績は愛情に比例? “絶対”に戻ってくる猟犬との信頼関係
- 愛犬・ブレッドに膀胱癌が発覚。狩猟を見送り、療養生活
- 膀胱がんの診断を受けた愛犬・ブレッドを連れて富士山へ向かう
日本で唯一、ミニチュアダックスフンドの愛犬を猟犬に育てた名雪誠さん
名雪誠さんは、静岡市清水区でケアマネジャーとして働きながら、猟期には趣味の狩猟を楽しんでいるハンターです。名雪さんが猟に触れたのは、父親の影響が強かったそう。
「小さい頃は、親父の猟によくついて行きました。ビーグル、ポインター、イングリッシュセターと、父には代々優秀なハンター犬が相棒としてついていました。でも、銃の扱いには厳しい規制があるので、自分では猟はやらないと思っていたんですよ」
一時は猟への関心は薄らいでいたという名雪さん。しかし、あるとき友人から猟に誘われます。
「色々教えてもらおうと親父に電話したんです。そしたらもう乗り気になっちゃって、お膳立ても全部してくれちゃって」
父の猟犬とともに猟を続けるうちに、名雪さんは、犬と固い絆で1つのことを成し遂げる鳥猟に強く惹かれ始めました。山の中を駆け回る猟犬を見るたび「これこそが犬の本来の姿だ」と心を揺さぶられているうちに、いつの間にか猟友会の役員を引き受けるまでになってしまったといいます。
「親父の猟犬にイングリッシュセターのメスがいたのですが、ある日子犬を1頭産んだんです。子犬は『ちょび号』と名付けたのですが、この子が本当に狩猟を頑張ってくれて、楽しい思い出をたくさんくれました。その経験があったので、いつかは自分もパートナーとして猟犬を育てたいと思っていました」
こうして犬と共に行う鳥猟に魅了された名雪さん。いつか自分が猟の相棒に犬を迎えるなら「鼻の長い犬」がいいと漠然と考えていました。鼻の長い犬は匂いに敏感で猟に向くといわれているからです。
ミニチュアダックスフンド・ブレッドと出会い、猟犬トレーニングを開始
そんなある日、一頭の犬と、運命の出会いがありました。
「量販店のペットショップで、1匹だけガラスのケージいっぱいまで大きくなったミニチュアダックスフンドの子犬を見かけたんです。それがブレッドでした」
鼻が長く、短い脚でドタバタと歩くミニチュアダックスフンドは、名雪さんの大好きな犬種です。そのうえ、猟犬のルーツをもつ犬種でもあります。
「ブレッドを見つめていたら、お店の方が『連れて帰ってくれませんか』と声をかけてくれたんです。ブレッドは当時7ヵ月を過ぎていて、ほぼ成犬の大きさでした。自分がここで見捨てたら、他に飼いたいという人が出てこないんじゃないかと思って、『わかった、飼うよ』って言っちゃったんです」
一度連れて帰ってきてしまえばこっちのもの。家族は、最初こそ驚いて「なんで連れて帰って来ちゃったの!」と抗議したそうですが、その可愛さを見たら、あっという間にみんなもブレッドくんに夢中になりました。
ブレッドくんは他のミニチュアダックスフンドと同じように「家庭犬」として迎え入れられ、家族の愛情をたっぷりと受けて育っていきました。しかし、ここでひとつの問題が発生します。
「狩猟に連れて行きたいって言ったら、家族に猛反対されたんですよ」
大事な愛犬を山に連れて行って狩猟をさせるなんて! ブレッドくんへの愛ゆえに、家族は大反対。しかし、ミニチュアダックスフンドという犬種のポテンシャルを信じていた名雪さんは、家族に内緒で秘密の特訓を始めてしまいます。
「毎晩夜の散歩に連れて行って、草むらにおもちゃを投げて探し出すという訓練を始めました。暗いのでどこに投げたか見えないし、音も鳴らないので臭いで探すしかないんです。最初はブレッドのお気に入りのおもちゃから始めました。訓練といってもブレッドにとっては遊びの延長ですから、一生懸命探してくれます。それを繰り返して、まず外さなくなってきたら、探す対象をおもちゃからヤマドリの羽に切り替えたんです」
ブレッドくんはヤマドリの羽を夢中になって探したといいます。ヤマドリの羽はおもちゃよりも臭いが強く、猟犬の血を沸き立たせるのでしょう。
ブレッドくんのように、ロングヘアーのミニチュアダックスフンドは、鳥猟犬の代表格であるスパニエル系の血筋を引くといわれています。ブレッドくんの場合、その鳥猟犬の血が強く出ているのではないかと、名雪さんは考えています。
けれど名雪さんがブレッドくんを猟犬にしようとしていると知った狩猟仲間たちの反応は冷ややかなものでした。
「このミニチュアダックスフンドがヤマドリ獲ったら、土下座してやる。とまで言われました。ミニチュアダックスフンドのポテンシャル、舐めんなよ! いつか見返してやる! と思いましたね」
由緒正しい猟犬を連れている猟師たちにとって、10㎏にも満たないミニチュアダックスフンドは、かわいい愛玩犬というイメージが強かったのでしょう。
しかし、名雪さんには「ブレッドなら立派な狩猟の相棒になるに違いない」という強い自信がありました。
1歳半で猟犬デビュー! 百発必中で獲物を見つけるまでに
そしていよいよ記念すべき狩猟デビューの日がやってきました。短い脚をちょこちょこと動かしながら、ブレッドくんは山の奥へ入っていきます。やがて長い鼻先を地面に擦り付け始めた姿を見て、名雪さんは確信しました。
「ブレッドは獲物の臭いを追っている」のだと。
突然、ぴたりとブレッドくんは立ち止まりました。彼の興奮を表すように、尻尾の動きが急激に速くなります。名雪さんが銃を構えるのと同時に、ブレッドくんの目の前から何かが飛び立ちました。鳩より少し小ぶりで、茶色い保護色の羽、長いくちばしに短い首。
__ヤマシギだ!
空中で羽毛が舞い、ヤマシギは羽ばたきを止めました。
当時1歳半だったブレッドくんは、初めての猟で、鳥猟のなかでも狩猟が最も難しいといわれるヤマシギを見事に見つけ出したのです。
ブレッドくんの快進撃はその後も続きました。猟に出れば必ずといっていいほど狩猟鳥を見つけ、その成績は静岡県内トップクラスに。猟友会の役員として会員の成績を見る立場にある名雪さんは、ブレッドくんが誰よりも高い成績を上げていたことを知り、ひそかに喜んでいたといいます。こうして狩猟仲間や家族も、ブレッドくんの活躍をようやく認めてくれました。
そして、ミニチュアダックスフンドの隠れた能力を広く伝えるため、名雪さんはブレッドくんの猟の様子を中心としたYouTubeチャンネル「Bread Gundog」も開設。2023年6月現在、アップロードされた動画は926本、登録者は7,600人近くいます。
ミニチュアダックスフンドの猟犬は珍しく、その頃から名雪さんとブレッドくんは、ダックスフンド専門誌や狩猟雑誌に声を掛けられるようになりました。
「ブレッドが臭いをとった瞬間が手に取るようにわかるんです。ゆっくりだった尻尾の振りが、急に激しくなる。横にぷるぷる振って、興奮が大きくなって」
通常の鳥猟犬は、鼻先を突き出して片足を上げる「ポイント」というポーズや、獲物を前にして伏せる「セット」というポーズでハンターに獲物の場所を知らせます。
しかし、ブレッドくんは「ポイント」や「セット」はしません。ただ、鳥を見つけると、はっきりわかるほど様子が変化するといいます。その態度が見えたら、名雪さんはブレッドくんの背後で鳥が飛び立つのを待つだけ。さらにブレッドくんには、他の鳥猟犬にはない特別な才能があるそうです。
「通常、スパニエル系の猟犬は、狩猟鳥以外の小鳥やネズミなどの小動物、小さな物音にも反応してしまいます。しかし、ブレッドくんは狩猟鳥獣以外にはまったく反応しません。彼の場合は臭いだけで獲物を追っているので、獲物を間違えることはないんです」
名雪さんとの秘密訓練の成果か、ブレッドくんはヤマドリやコジュケイなどの狩猟鳥の臭いだけを追いました。他の鳥にはまったく興味を示さず、目の前で小鳥が飛び立っても狩猟への集中力を切らさないといいます。
ときには獲物を取り逃がしたり、子連れのイノシシに追いかけられたり。失敗は多々あれど、1歳半の猟デビューからいく年もの猟期を重ねるうちに、ブレッドくんは山の掟を学んでいきました。
狩猟の成績は愛情に比例? “絶対”に戻ってくる猟犬との信頼関係
「猟犬にとって1番大切なのは、獲物を見つけることではなく、離れても必ず主人の元に戻ってくることなんです。猟師と猟犬を結ぶのは、猟のノウハウでも才能でもありません。その犬が普段家庭内でどれだけ大切に扱われているか、普段からの愛犬との接し方こそが、いざというときの信頼関係です」
一般的な猟犬は大型犬が多いため、猟犬の飼い方は人それぞれ違います。庭先で飼う人もいれば、複数の犬を自宅から離れた場所で集団で飼っている人もいます。
「その点、ミニチュアダックスフンドはピッタリなんですよ。小型犬なので家の中で家族として育てられますから。ブレッドはいつも私と一緒に寝ていますし、妻や子どもからの愛情もたっぷり受けて生活しています」
だから山ではぐれても、ブレッドは絶対に自分のところに帰ってくる。名雪さんの言葉は確信に満ちています。そして、以前山でブレッドくんがいなくなったときのエピソードを教えてくれました。それは、山で獲物を追っていったブレッドくんを見失い、呼んでも呼んでも帰って来なかったときのこと。
「どのくらい時間が経ったでしょうか、もうだめかと思ったとき、何かを引きずるような音が聞こえてきたんです」
ずる、ずると、何かで地面を引っ掻くような音が続き、藪のなかからブレッドくんの小さな体が姿を現します。嬉しさと安堵でブレッドくんに飛びつこうとした次の瞬間、名雪さんは違和感を覚えました。
「ブレッドを狩りに連れて行く際には、必ずオレンジ色のベストを着せています。体が小さいので野ウサギと間違えられないようにとの配慮です。そのオレンジのベストに長く太い木の棒が挟まっていました。あんなに小さな体で、あんな重い物を引きずって、それでも戻ってきてくれたんだと思ったら……」
よく帰ってきてくれた。ありがとう。言葉だけでは足りないほどの熱い気持ちに任せ、名雪さんはオナモミだらけの小さな体を抱きしめました。
「家族の一員として生活し、狩猟にもついて行けることは、犬にとっても幸せだと思います。犬は群れを作り、山の中で生きてきた動物ですから。山にいるブレッドは本当に生き生きとしているんですよ。……今は病気になってしまいましたが、ブレッドが行きたいというなら、可能な限り山へ連れて行きたいと思っています」
愛犬・ブレッドに膀胱癌が発覚。狩猟を見送り、療養生活
2021年12月、ブレッドくんに膀胱癌が見つかります。
「獣医師の言葉を受けて、『まさか』と『やはり』、両方の思いがありました。当時ブレッドの排尿回数が増え、どこかおかしいと感じていたんです」と名雪さん。
一度は『膀胱炎』だろうとの診断に安堵したものの、薬を飲ませてもブレッドくんの病気が快方に向かう気配がなく、再度、動物病院に詳しい検査を依頼しました。
「ブレッドは既に10歳を超えています。弱った小さな体にメスを入れる決断はできませんでした。できるだけ痛みを抑えながら、残された日々をできるだけ長く濃く過ごそうと、心に決めました」
名雪さんのYouTubeチャンネルでは、今まで優秀な猟犬としてのブレッドくんを紹介してきました。そんな彼のおむつ姿を見せるのは忍びないと、ブレッドくんの動画をアップできなかった時期もあったといいます。しかし悩んだ末、名雪さんはブレッドくんの病気から目を反らさず、応援してくれる人々に現実を伝えることを決心します。
2022年11月9日、チャンネルに今までと違うテイストの動画を1本、アップロードしました。その動画では、名雪さんのブレッドくんに対するまっすぐな思いだけが、白バックの背景の中をゆっくりとスクロールしていきます。
__無理かもしれませんが、もしブレッドと狩猟に出ることができたら、その勇姿をみなさんに届けたいと思います。
動画のコメント欄は、多くの励ましの言葉で埋め尽くされました。その中には海外からのエールもあったそう。ブレッドくんがどれだけの方に愛され、応援されてきたかをかみしめながら、名雪さんは寄せられたコメント全てに対し、丁寧に返事を書きました。
膀胱がんの診断を受けた愛犬・ブレッドを連れて富士山へ向かう
そして、2022年11月23日、ブレッドくんと山に行く動画をアップしました。動画では、夜明け前、名雪さんが犬用おむつ姿のブレッドくんにささやきます。すると、ブレッドくんは軽い足取りでどこかへ向かっていきました。
ブレッド、どこ行くの? 名雪さんは苦笑交じりで尋ねますが、本当は全部お見通し。玄関には、狩猟用のキャリーケースが置いてあるのです。一瞬だけ名雪さんを振り返り、大きく尻尾を振った後、ブレッドくんは自らキャリーケースに収まりました。
「そっか、お山行くか。……よし、行こう」
名雪さんの震える声が、ワイヤレスイヤホンを通して鼓膜を揺らします。
その動画にはもう、勇ましい鳥猟犬の姿も、鳥を仕留める銃声もありません。山へ着いても、以前のようにブレッドくんが鳥を追えるわけではありません。そこに映るのは、ただゆっくりと、山の感触を確かめるように、しかし楽しそうに尻尾を揺らして、名雪さんの前を行くブレッドくんの姿です。
朝靄の森を飼い主と愛犬が共に歩いているこの動画は、多くの方に試聴されコメント欄は温かい励ましの声で溢れています。
「ブレッドに出会えて、その可能性を信じて、本当によかったと思っています」