【価格別】文房具のプロがオススメする万年筆「最初の一本」

ここ数年のブームにとどまらず、その人気を定着させつつある万年筆。「扱いが難しそう」「値段が高そう」などの理由で敬遠されがちなイメージもある万年筆だが、人気の理由はどこにあるのか? 定番から最新にイロモノまで、5,000点以上もの文房具を収集する愛好家にして文房具ライターのきだてたく氏をナビゲーターに、万年筆の魅力をひも解く。

活況の文房具売場、なかでも目を引く万年筆コーナー

ハンズ新宿店4階の文房具売場
ハンズ新宿店4階の文房具売場

「文具女子」なる言葉が定着して久しい昨今。ハンズにとっても主力商品である文房具には、世相を反映したさまざまなブームが訪れるものだが、ここ数年のブームにとどまらず、その人気を定着させつつあるのが「万年筆」だ。

ともすると「扱いが難しそう」「値段が高そう」などの理由で敬遠されがちなイメージもある万年筆だが、ブームが新商品を生み出し、その新商品が別のブームを巻き起こすという好循環が生まれているのだ。

ガラス張りのカウンターには、海外の有名ブランドの万年筆がずらり
ガラス張りのカウンターには、海外の有名ブランドの万年筆がずらり

なぜ人は、万年筆に魅了されるのか。

文房具好きが高じ、5,000点以上もの文房具を収集。そのコレクションの収納場所を拡張すべく、東京23区から埼玉県の郊外へと引っ越したほどの愛好家である文房具ライター・きだてたく氏を招き、万年筆の魅力をひも解いていきたい。

きだてたくプロフィール写真

きだてたく さん
最新の機能系文房具から雑貨ライクな面白文房具まで、なんでもがっつり使い込んでレビューする文房具ライター。器用値はゼロに近いが、便利な文房具や工具を駆使して工作を完成させるのが大好き。『日本懐かし文房具大全』(辰巳出版)、『この10年でいちばん重要な文房具はこれだ決定会議』(スモール出版)など、文房具に関する著書多数。

原型は植物!? 万年筆のルーツ

葦ペンのイメージ画像
その名のとおり葦や竹など、茎の中にインクを通せる植物を用いて作られた「葦ペン」(画像はイメージです)

諸説あるものの、万年筆の前身が生まれたのは紀元前2400年ごろのエジプト。そのルーツは、植物の葦(あし)を用いた「葦ペン」にある。葦の茎の先を割り、インクの持ちをよくし、書きやすくするための工夫が施された葦ペンが、のちの万年筆へとつながっていく。

きだてさん

きだてさん

葦ペンは、ペン先をインクにつけながら書く「つけペン」の一種。そして、葦は茎の内部が空洞です。すると、ほんの微量ながらペン先につけたインクが空洞にとどまり、インクをつける回数が少なくて済む。あくまでも推察ですが、古代の人はたびたびインクをつけ足すことに面倒さを感じ、葦ペンを編み出したのではないでしょうか

万年筆のペン先の構造を応用した「つけペン」
万年筆のペン先の構造を応用した「つけペン」はハンズでも販売中
つけペン画像のアップ
「ペン先をインクにつけてから書く」「水ですすげば色替えできる」って、まるで筆みたい?

文豪たちが万年筆を愛用した、意外にして納得の理由

万年筆のイメージ画像

葦ペンをルーツとする万年筆は次第に進化を遂げ、つけながら書くのではなく、ペンの内部にインクを貯蔵できる機構が発明されたのは1800年代初頭のこと。その進化は止まらず、今ではボールペンさながらに、ノック式の万年筆も販売されている。

いずれにせよ、ペン先が紙に触れると先端の割れ目からインクが染み出し、力を入れずとも、するすると書ける。このなめらかな書き味こそが、万年筆の特徴だ。きだて氏も「かつての文豪の多くが、鉛筆でも筆でもなく、万年筆で原稿を執筆していたのにも、力を入れずに書けることが関係していたはずです」と話す。

文豪の愛用品であったことも影響してか、万年筆には高尚なイメージがある。しかし、歴史に名を残す文豪たちが万年筆を選んだ理由が力を入れずに書ける、つまりは疲れにくいからだったとしたなら、高尚なイメージも少しは和らぐ。

高尚なイメージを取り払った先にある、書き味の快感

万年筆で線を書くきだて氏の手元アップ画像

では、万年筆の魅力はずばり、どこにあるのか。きだて氏に尋ねてみると、その答えにも「力を入れずに書ける」ことが関係している様子だ。

きだてさん

きだてさん

万年筆の魅力、それは字が上手に書けることではないでしょうか。僕自身、最初に万年筆を手にした理由は「手先が不器用だから」。不器用ゆえに字も下手っぴ。それなら道具に頼ればいい、と万年筆を購入したところ、目論見どおりでしたね(笑)。

字が上手に書ける──。

万年筆に高尚なイメージを抱いている人からすると、これは意外な答えのはず。なめらかな書き味が特徴とはいえ、割れたペン先から染み出すインクを思いのままに操り、字を書くことは、いかにも難しそうに映る。

きだてさん

きだてさん

難しそうに思えるのは、万年筆を高尚なものとして捉え、リスペクトしすぎているから。まずは高尚なイメージを取り払い、軽い気持ちで万年筆を手にしてみてください。その軽い気持ちのままに万年筆を握り、文字を書いてみれば、印象がガラッと変わるはずです。

そう。ペン先が紙に触れるとインクが染み出す万年筆に、筆圧は不要。軽く握ってこそ正しく機能する。力むことなくペン先を紙に触れさせ、あとは書きたい文字どおりに万年筆を滑らせるだけ。力む必要がないからこそ、特に意識せずともトメ・ハネ・ハライといった文字ごとのハイライトが際立ち“上手そうな字”が書ける。

そして、力まずに書くためのコツがそのまま、万年筆の基本的な構え方になる。そのコツとは、ペン先のブランド名や素材名が刻印された広い面を表にして握り、ボールペンよりも寝かせ気味に構えること。すると、おのずと肩の力が抜ける。

万年筆の基本的な構え方
万年筆の基本的な構え方

力まずに書くことは、ペン先を長持ちさせるためにも重要だ。強く筆圧をかけるとペン先の割れ目が広がり、線が割れたり、二重になったり、書けなくなったりもする。

きだてさん

きだてさん

一方で、持ち主ごとの筆圧やクセをペン先が覚えていくのも、万年筆の魅力のひとつです。力まないことが前提であっても、筆圧は人によって微妙に異なりますよね。数年単位で使い込んでいくことで、そのクセがペン先に現れ、持ち主だけの書き味に育っていく。そのことから愛好家のなかには、自分が愛用する万年筆は絶対に他人に使わせない、という人もいるほどです。

また、万年筆にはインクが欠かせない。万年筆は本体にインクをセットすることで機能し、セットの方式にはカートリッジ式とコンバーター式の2種類がある。なかでもコンバーター式はインク瓶からインクを吸引し、それを万年筆にセットする仕組みだ。

専用のカートリッジを交換することでインクを充填する「カートリッジ式」
専用のカートリッジを交換することでインクを充填する「カートリッジ式」
コンバーター式のイメージ画像
ペン先をインクに浸して吸引する「コンバーター式」(画像はイメージです)

きだてさん

きだてさん

実はこのインクが、今なお続く万年筆ブームを支える土台のひとつ。なかでも注目したいのが、各地の文房具店やメーカーが地元の風景・名物にちなんで開発している「ご当地インク」です。最近では映画『翔んで埼玉』の舞台である埼玉県の文房具メーカーが、作品にちなんだ「そこらへんの草」色のインクを発売したほど。収集家にはたまりません(笑)。

色鮮やかなボトルが並ぶ、PILOT社のインクブランド「iroshizuku」のコーナー
色鮮やかなボトルが並ぶ、PILOT社のインクブランド「iroshizuku」のコーナー
こちらのインクは「孔雀」色
こちらのインクは「孔雀」色

万年筆ビギナーに捧ぐ、“お値段以上”のエントリーモデル

お値段以上の万年筆エントリーモデル

高尚なイメージを取り払い、その軽い気持ちのままに書いてみればこそ、万年筆の魅力に触れることができ、その先には底なしの“インク沼”まで待ち受ける。

となれば、まずは実際に手に取ってみるほかない。すると、今度は価格という名のハードルが立ちはだかるが、これもまた意外なことに、お高い万年筆ばかりというわけではない。まずはお試しのビギナーにも、その門戸はしっかりと開かれているのだ。

きだてさん

きだてさん

価格の高さが、万年筆の高尚なイメージを生んでいたこともたしかです。しかし、そこに一石を投じたのが筆記具メーカーのパイロット。実はヨーロッパでは、子ども用の万年筆が当たり前に販売され、日本の硬筆と同様に万年筆の使い方を学校で学びます。それに倣った日本製のキッズ万年筆が、2013年に発売されたパイロット『カクノ』です。

日本でのキッズ万年筆の先駆けとなった『カクノ』
日本でのキッズ万年筆の先駆けとなった『カクノ』

実は『カクノ』こそが、現在の万年筆ブームの火付け役。価格にもギミックにも、万年筆を取り巻く高尚なイメージを取り払う工夫が詰まった『カクノ』を筆頭に、きだて氏が推薦し“万年筆沼”へと引き込む、とっておきの3本をご紹介したい。

ビギナーにおすすめの万年筆[1,500円以下]

■PILOT(パイロット)|『カクノ』透明|1,100円(税込)

きだてさん

きだてさん

低価格ながら、ペン先の質はお値段以上。万年筆ならではの書き味を体感でき、初心者にまずおすすめしたい一本です。ペン先には「こちらを表にしてね」と微笑みかけているような笑顔マークが刻印され、グリップはおのずと正しい握り方ができる、なだらかな三角形。軸の中まで透けて見える透明タイプを選び、インクの色ごとに複数本を持つのも楽しみ方のひとつです。

カクノの先端に描かれた笑顔マーク
子どもでも「どっちが表か?」がすぐにわかる笑顔マーク
透明タイプを選べば……
透明タイプを選べば……
充填したインクの色を、そのままボディカラーとして楽しめる
充填したインクの色を、そのままボディカラーとして楽しめる

ビギナーにおすすめの万年筆[5,000円以下]

■LAMY(ラミー)|『サファリ』|4,400円(税込)

きだてさん

きだてさん

ラミーはドイツを代表する筆記具メーカー。なかでも『サファリ』は、カジュアル万年筆の代名詞と言っても過言ではないくらい、世界レベルの定番です。ペン先は、万年筆のなめらかさに不慣れな人にも取っ付きやすい、やや硬めのカリカリした書き味。1年ごとに登場する限定色は特に人気があり、上の写真のキャンディカラーは2020年、下の写真のミントグリーンは2023年の限定色です。
※限定色モデルは販売を終了している場合がございます。

デザインと書き味の両面で、万年筆ビギナーもとっつきやすい『サファリ』
デザインと書き味の両面で、万年筆ビギナーもとっつきやすい『サファリ』
店頭でも、ポップな色味の万年筆やペンが並ぶLAMYのコーナー
店頭でも、ポップな色味の万年筆やペンが並ぶLAMYのコーナー

ビギナーにおすすめの万年筆[10,000円以下]

■PLATINUM(プラチナ)|『プロシオン ラスター』ローズゴールド|8,800円(税込)

きだてさん

きだてさん

高級な万年筆の書き味を演出するのは、「金ペン」と呼ばれる14〜21k(カラット)のしなやかな金製ペン先です。しかし『プロシオン ラスター』は、安価なステンレス製のペン先ながら、独特な形状によって金ペンに近い筆記感を実現しました。さらには、瓶に残ったわずかなインクも最後まで吸引できる最新のギミックを搭載。高級感のあるデザインと併せて、ギフトにも最適です。

特殊形状を用いたステンレス製のペン先で、柔らかくしなる「金ペン」の書き味を実現した『プロシオン ラスター』
特殊形状を用いたステンレス製のペン先で、柔らかくしなる「金ペン」の書き味を実現した『プロシオン ラスター』
左が『カクノ』、右が『プロシオン ラスター』のペン先。金属部分の材質や微細なシェイプの違いが、各モデルの書き心地を左右する
左が『カクノ』、右が『プロシオン ラスター』のペン先。金属部分の材質や微細なシェイプの違いが、各モデルの書き心地を左右する

ビギナーにおすすめの万年筆[番外編]

■『おうちで楽しむ私のカラーインク作りキット』|3,300円(税込)

また、“インク沼”に浸りたい人にきだて氏が推すのが、墨・書道道具を得意とする呉竹の『おうちで楽しむ私のカラーインク作りキット』。透明・イエロー・ピンク・ブルー・グレーの5色を混ぜてオリジナルのインクを作れるだけでなく、完成させたインクで書くための「からっぽペン」まで付属している。

色をDIYすれば、書くことがもっと楽しくなるはず
色をDIYすれば、書くことがもっと楽しくなるはず

何はなくとも書きたくなる。これぞ、万年筆の真骨頂

取材に同席したハンズの文房具バイヤー・池田(左)も、きだて氏に負けず劣らずの文房具好き
取材に同席したハンズの文房具バイヤー・池田(左)も、きだて氏に負けず劣らずの文房具好き

ご紹介した3本の万年筆は、どれもが税込1万円以下。なかでも万年筆ブームの火付け役となったパイロットの『カクノ』なら1,000円+税というカジュアルさだ。

実は筆者自身も今回の取材に便乗し、カジュアル価格の万年筆を購入している。帰宅後、きだて氏の指南どおりに力まず、万年筆を滑らせてみたところ、これがクセになる。自分の書く字が妙に味わい深く、洗練されて見え、何はなくとも書きたくなる。

きだてさん

きだてさん

何はなくとも書きたくなる──これが万年筆の真骨頂です。特有のなめらかな書き味があるからこそ、ふと、その書き味を求め、万年筆を手に取ってしまう。同時に、何はなくとも書くことは、万年筆を長持ちさせることにも直結します。万年筆は長く放置するとインクが固まってしまいますが、書くことでインクが流れ、乾燥を防げるからです。

筆が走り、筆が乗り、その先にたどり着いた「心の安定」

万年筆を試し書き

とはいえ、最終的にどのペンを選び、どのペン先を選び、何色のインクを選ぶのかは、お好み次第。気になる商品が試し書き可能であるなら、まずはトライすべし。

ハンズの文房具バイヤーを務める池田いわく、試し書きの文字として定番なのが「永」の字。これは「永字八法」といい、「永」という文字にはトメ・ハネ・ハライのほか、書道に必要となる8つの技法すべてが含まれているという。

きだてさん

きだてさん

私のおすすめは、個人情報の漏れない範囲で、ご自身の名前や住所を試し書きすること。何よりも書く機会が多いのが名前と住所です。これを上手に書けたなら、筆無精な人であっても、誰かに手紙を書きたくなってくるはずです。

文房具コーナーに必ず設置してある試し書き用のノート
文房具コーナーに必ず設置してある試し書き用のノートは、品定めの最終ステップ

自分の書く字に少しでも自信が持てたなら、たしかに手紙をしたためたくなる。一方、きだて氏は「万年筆で文字を書いていると、心が穏やかになるような気がします。ただただ、万年筆を滑らせているうちに、心が安定していくような」とも話す。

万年筆のハイエンドモデル
この記事ではリーズナブルなモデルを中心にご紹介したが、ハイエンドなモデルもしっかりラインナップしている(価格は2024年4月時点)

初めての万年筆を手にした今、僭越ながら、筆者もきだて氏の言う「心の安定」が理解できるような気がしている。万年筆こそのなめらかな書き味に筆が乗り、するする、つらつらと書いているだけで、なんだか心が軽くなるような感覚がある。

この感覚は万年筆を手に取った人すべてに共通するものなのか──。お試しあれ。

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